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こだわりの和雑貨 和敬静寂本店

  • 高岡鋳物 Takaoka-imono 戦国武将兜 屏風セット 真田幸村公(真田信繁) Sanada Yukimura (06-01) 華やかに飾れる屏風・飾台付き金属製兜飾り
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96,250(税込)

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商品コード 20009890
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銅器の町として四百年の歴史を持つ、富山県高岡市で作られた兜飾りです。
この兜は、伝統工芸を受け継ぐ職人たちの手により、丹精を込めて作られています。鋳造製の兜はしっかりとした素材の厚みと立体感のある造形により、美しさと重厚感を合わせ持った仕上がりとなっています。

■屏風セット
屏風を用いることで、より華やかなイメージとなり、兜による空間づくりが演出できます。
高さ37cm、幅50cmと省スペースで展示できるサイズです。

【真田幸村】
赤色が強い印象を与える甲冑は「真田の赤備え」と呼ばれ、恐れられました。
武士の誇りに満ちた幸村は、14年間に及ぶ不遇の謹慎生活を乗り越え、大坂冬の陣、夏の陣で西軍に付き、家康本陣への突入を果たすなどの武勇を残しました。
「天下一の兵(つわもの)」とも称されています。

>> 戦国武将兜「真田幸村」各種一覧はこちら

>> 他の戦国武将兜はこちら

兜サイズ:高15.5×幅14(cm)
屏風サイズ:高37×幅50×奥35(cm)
兜材質:亜鉛合金・真鍮/金メッキ・塗装仕上げ
屏風材質:木製/塗装仕上
セット内容:兜・兜飾り台・二曲屏風・平飾台・弓太刀


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黒田官兵衛 楠木正成 源義経 真田幸村 伊達政宗 徳川家康 上杉謙信 武田信玄 直江兼続 織田信長

真田幸村

真田幸村/Samada Yukimura(1567-1615)

実名は真田信繁であるが、一般には通称をとった真田幸村として知られる。
幸村は1567年に真田昌幸の次男として生まれた。父昌幸は1583年に居城となる上田城(Ueda-jou/現在の長野県上田市)の築城を開始。その後、徳川家康と対立した父昌幸は、戦を有利に進めるため、幸村は人質として上杉氏に送られることとなる。この第一次上田合戦に勝利した後、父昌幸は豊臣政権に帰属し、独立した大名として自立するが、幸村は依然人質のまま大坂に移っている。
関ヶ原の戦いで真田父子のついた西軍は家康に敗れ、死罪だけは免れたものの、九度山(Kudoyama/現在の和歌山県伊都郡九度山町)に配流を命じられる。
1614年、徳川と豊臣の関係が悪化し、大坂冬の陣が開戦。この時、九度山の幸村の元にも豊臣からの参戦要請があり、14年間の不遇の謹慎生活を脱し、鎧を赤で統一した軍を出兵する(真田の赤備え)。幸村は大坂城(Oska-jou/現在の大阪市中央区)の弱点である部分に、真田丸と呼ばれる土作りの出城を築き、鉄砲隊を用いて徳川方を挑発し、先鋒隊に大打撃を与えた。徳川勢はおびただしい死傷者を出して撤退に至った。
1615年の大坂夏の陣では、幸村が戦場に到着した時には既に戦線が崩壊し、撤退する豊臣方の殿軍を務めた。その後家康軍への3度に渡る突撃を試み、本陣の旗印を引き倒すまで家康を追い詰めるも、多勢に無勢、安居神社(Yasui-jinja/大阪府大阪市天王寺区)で傷の手当をしていたところを討ち取られた。
夏の陣で幸村の武神ぶりを目の当たりにした島津忠恒は、故郷への手紙にこう記した。「真田は日本一の兵(つわもの)」と。

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